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リスク層別化がん検診の海外動向:主要試験の結果と日本の現在地

レポート公開日

がん検診の対象を年齢と性別だけで決めるのをやめ、一人ひとりのリスクに応じて開始年齢・間隔・検査方法を変える。この「リスク層別化検診」は長く提案の段階にとどまっていましたが、2025年から2026年にかけて、乳がんと前立腺がんで大規模研究の結果が相次いで公表されました。

米国の無作為化比較試験では、進行がんを増やさずにマンモグラフィの回数を減らせることが示されました。英国の前立腺がん研究では、PRSで絞り込んだ男性から、従来のPSA中心の方法では見つかりにくいがんが見つかっています。エストニアでは公的保険者が実装試験に乗り出しました。一方で、研究ごとに示された範囲は異なるため、それぞれの結果が何を示したのかを押さえておくと、日本での活用を考えやすくなります。

このレポートの要点

  • 1米国WISDOM(28,372人を無作為化):リスクに応じた検診は、病期IIB以上のがんで年1回検診に劣らず、マンモグラフィの回数は減った
  • 2英国BARCODE1:PRS上位群でMRIと生検を受けた468人のうち40.0%にがんが見つかり、治療が必要ながんの約7割は従来の診断経路では見つからなかったと推定された
  • 3エストニア:40歳女性1,000人を対象に、公的保険者が参加する実装試験を2025年に開始し、全国サービス化も計画されている
  • 4日本:国の検診指針は年齢・性別にもとづく。PRSは現在、公的検診への受診勧奨など、指針を補う形で活用されている

主要国はどこまで進んでいるか

先行する国を一つの順位に並べると、臨床的な有効性の証拠と、制度への組み込みの度合いが混ざってしまいます。下の表は、代表的な事例の到達点を同じ項目で比べたものです。

表1 主要国・地域の代表事例と到達点
国・地域代表事例(がん種)リスク評価に使う情報到達点
米国WISDOM(乳がん)[1]PRS、9遺伝子の病的バリアント、臨床リスクモデル無作為化比較試験の結果が2026年に公表
英国BARCODE1(前立腺がん)[5]PRS上位10%をMRIと生検へ前向き研究で高い検出割合を報告
エストニアBRIGHTと公的実装試験(乳がん)[4]PRSと年齢から求めるリスク相当年齢公的保険者が参加する実装試験を開始
フランスほか6か国MyPeBS(乳がん)[2,3]遺伝情報と臨床的リスク因子比較試験が進行中。主要結果は2028年初頭の予定
スペイン、アイルランド、ポーランド、リトアニアPRAISE-U(前立腺がん)[6]PSA、リスク評価、MRI、選択的生検組織的検診の実装パイロット
日本国のがん検診指針 [9]年齢・性別・がん種ごとの検査条件年齢・性別にもとづく検診。PRSの活用は指針を補う形
各国の例は代表事例で、すべての地域や民間サービスを網羅したものではありません。MyPeBSはフランスのUnicancerが主導し、ベルギー、イタリア、イスラエル、スペイン、英国が参加しています。

制度面では、EUが2022年のがん検診勧告で、肺がんでは高リスク者を対象とした低線量CT、前立腺がんでは組織的検診の実行可能性の評価を加盟国に促しました。リスクに応じた検診を制度として後押しする内容ですが、PRSを一律に導入するよう求めたものではありません[7]。

乳がん:米国WISDOM試験は何を示したか

WISDOMは、40〜74歳の女性28,372人を、リスクに応じて検診方法を変える群と、年1回のマンモグラフィを受ける群に無作為に割り付け、追跡期間の中央値5.1年で比べた試験です。リスクの評価には、9つの遺伝子の検査、PRS、臨床情報にもとづくリスクモデルを組み合わせています。PRS単独の効果を調べたのではなく、遺伝情報と臨床情報を統合した検診戦略全体を評価した試験です[1]。

リスク区分ごとの検診内容

  • 最高リスク(5年リスク6%以上、または高浸透率の病的バリアントあり):マンモグラフィとMRIを6か月ごとに交互に実施し、カウンセリングを行う
  • 高リスク(年齢別のリスク上位2.5%):年1回のマンモグラフィと、リスク低減のカウンセリング
  • 平均リスク:2年に1回のマンモグラフィ
  • 低リスク(40〜49歳で5年リスク1.3%未満):リスクが1.3%に達するか50歳になるまで検診を行わない
表2 WISDOM試験の主な結果(10万人年あたり)
評価項目リスクに応じた検診年1回検診群間差(95%信頼区間)
無作為化した人数14,212人14,160人—
病期IIB以上のがん30.048.0−18.0(−40.2〜4.1)
乳房の生検——+98.7(−17.9〜215.3)
マンモグラフィ——−3,835.9(−4,516.8〜−3,154.9)
群間差は「リスクに応じた検診 − 年1回検診」。出典 [1]。

病期IIB以上のがんについて、リスクに応じた検診は年1回検診に劣らないこと(非劣性)が示され、マンモグラフィの件数は大きく減りました。すべての人に同じ頻度で検査をしなくても、進行がんの発生を同じ水準に保てることを、無作為化比較で示した点がこの試験の成果です。なお、もう一つの主要評価項目だった生検の減少は今回の結果では確認されておらず、がんによる死亡や費用への影響は今後の評価に委ねられています[1]。

受け入れやすさについての手がかりもあります。無作為化を希望せず観察コホートに参加した18,031人のうち、89%がリスクに応じた検診を選びました[1]。

欧州のMyPeBS

MyPeBSは、40〜70歳の女性53,143人を6か国で登録し、各国の標準的な検診と個人のリスクに応じた検診を比べています。主要な結果の公表は2028年初頭の予定です。計画時の目標だった85,000人と実際の登録数は異なるため、引用するときは区別が必要です[2,3]。

エストニア:PRSを公的な検診案内に組み込む実装試験

エストニアの取り組みは、PRSを使った若年女性への検診案内を、公的保険者と医療機関の実務に組み込もうとしている点に特徴があります。使われるのは「リスク相当年齢」という考え方で、40歳の時点で平均的な50歳女性と同じ水準のリスクに達している人を見つけ出します。検診の開始年齢をどう決めるかという日本の議論にも参考になる枠組みです[4]。

表3 エストニアの実装試験の概要
項目公表されている内容
参加募集2025年9〜11月
対象40歳女性1,000人(実行可能性試験)
実施主体Estonian Cancer Network、公的保険者、タルトゥ大学・大学病院など
流れ案内 → 助産師の面談と採血 → PRSの算出 → 公的な健康ポータルで結果を返却 → リスクが高い人をマンモグラフィへ
制度化の扱い2026年の全国サービス化は、2025年時点で条件付きの計画として公表
出典 [4]。

実装試験に先立つBRIGHT研究では、30〜49歳の女性799人にPRSを算出しています。その結果、年齢だけでは検診の対象外になる層の中に、平均的な50歳以上に相当するリスクを持つ人が一定数いることが分かりました。

表4 BRIGHT研究のリスク分類(30〜49歳の799人)
区分人数割合
平均的な50歳以上に相当するリスク124人15.5%
平均の2倍のリスク45人5.6%
平均の3倍のリスク3人0.4%
出典 [4] の公的保険者によるBRIGHTの紹介。各区分は重なりうるため、足し合わせることはできません。これらはリスク分類の割合で、検診の感度・発見率・死亡率の低下を示す値ではありません。

日本でリスク相当年齢を使うには、日本人の年齢別罹患率と、PRSを含むモデルが予測する絶対リスクとが一致するかを確かめる必要があります。さらに、同じ罹患リスクに達することと、マンモグラフィで同じ感度と利益が得られることは別の問題です。40歳未満では乳腺の密度が高くマンモグラフィの感度が下がるため、若年者の追加検査の負担も評価の対象になります。

前立腺がん:英国BARCODE1の40%をどう読むか

BARCODE1は、英国のプライマリケアで55〜69歳の男性を募り、唾液から得たDNAで130の遺伝的変異にもとづくPRSを算出しました。PRSが参照分布の上位10%に入った人を、PSAの値にかかわらずMRIと経会陰生検へ案内する単群研究です[5]。

表5 BARCODE1の各段階の人数
段階人数直前の段階に対する割合
参加の案内40,292人—
参加への関心を表明8,953人案内者の22.2%
PRSを算出6,393人案内者の15.9%(※)
高PRSとして精査に招待745人PRS算出者の11.7%
MRIと生検を実施468人招待者の62.8%
前立腺がんを検出187人実施者の40.0%
中間リスク以上のがん103人検出者の55.1%
出典 [5]。※15.9%は6,393÷40,292による計算。上位10%は参照分布上の閾値で、参加者の中でちょうど10%になる区分ではありません。

治療の対象となる中間リスク以上のがん103人のうち74人(71.8%)は、英国で現在使われている診断経路(PSA高値とMRI陽性)では見つからなかったと推定されています[5]。PSA検査に頼る方式では拾いにくいがんに届いた点が、この研究が注目された理由です。

数字を正しく伝えるための分母

「40.0%」という数字は、生検を受けた人を分母にした値です。何を分母に取るかで、同じ研究から得られる効率の数字は大きく変わります。

表6 がん1件を見つけるのに要した件数
分母前立腺がん全体中間リスク以上
生検の実施数468÷187=2.5件468÷103=4.5件
PRSの算出数6,393÷187=34.2件6,393÷103=62.1件
研究内で観察された人数からの計算です。他の検診で使われるNNS(1件の発見に必要な検診人数)とは分母が異なるため、単純には比べられません。

説明の場では、40.0%が生検を受けた人を分母にした値であることを添えると誤解を防げます。PSA中心の方式との比較や死亡率への影響は、今後の比較研究で評価が進む見込みです。

EUのPRAISE-U

PRAISE-Uは、スペイン、アイルランド、ポーランド、リトアニアの拠点で、PSAを入口にリスク評価、MRI、選択的な生検へと進む検診を実証しています。PRSを入口にしたBARCODE1とは設計が異なりますが、再検査の間隔や精密検査の受け入れ体制まで含めた運用の組み立て方が参考になります[6]。

日本の検診指針と、がん種ごとの違い

国の指針は、胃・子宮頸・肺・乳・大腸の5つのがんを対象とし、乳がんでは40歳以上に2年に1回のマンモグラフィを基本としています。PRSを使って一般の人の開始年齢や間隔を変える仕組みは、指針に規定されていません[9]。

現行の検診がどれくらいの効率で動いているかは、精密検査が必要とされた人のうち、実際にがんが見つかった人の割合から読み取れます。

表7 要精検者に占めるがん発見の割合(令和6年度)
がん種がんが見つかった割合がん1件あたりの要精検者数(概算)
胃がん1.80%約56人
大腸がん3.02%約33人
肺がん1.66%約60人
乳がん5.69%約18人
子宮頸がん0.99%約101人
出典 [10]。「地域保健・健康増進事業報告」にもとづく厚生労働省の公表値。右列は割合のおおよその逆数です。精密検査の未受診や把握状況の影響を含み、検診の受診者全体を分母にしたNNSではありません。BARCODE1の数値とは分母が違うため、直接は比べられません。

リスク層別化の進み方は、がん種によって異なります。既存の検診の仕組みや、層別化で得られる利益が、がん種ごとに違うためです。

表8 がん種ごとの国際的な到達点と、日本で検討すべき点
がん種国際的な到達点日本で検討すべき点
肺がんイングランドで55〜74歳の喫煙歴のある人に肺の健康チェックを実施し、2030年までの全国展開を方針としている [8]喫煙歴によるリスク層別化がすでに使われている。PRSが喫煙歴などに上乗せする価値を評価する必要がある
大腸がんEUは既存の組織的検診を重視 [7]年齢、家族歴、便潜血検査などにPRSを加える利益を検証する
膵がん米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、高リスクの遺伝性症候群や家族歴のある人を除く無症状の成人への検診を推奨していない [11]PRSが高い人を、既存の遺伝性症候群などの高リスク者と同じに扱わない

日本で実証するなら何を測るか

海外の成果を日本で生かす第一歩は、日本人の集団で、検診の案内と精密検査の受診がどう変わるかを示すことです。がんの発見数に加えて、検査の負担や運用の指標もあわせて測っておくと、事業の成果を多面的に説明できます。

表9 実証で揃えておきたい指標
評価の軸最低限の指標比較するときの注意
臨床臨床的に重要ながんの発見率、病期、中間期がんがんの発見数全体だけでは過剰診断を除けない
検査の負担要精検率、生検率、検査の合併症、追加の画像検査特異度や検査件数を揃えた比較も行う
運用案内・同意・検診・精密検査の各段階の到達率各段階の分母と、受診しなかった理由を記録する
経済1人あたりの総費用、追加1件あたりの費用、QALY遺伝子検査、説明、追跡、治療の費用を含める
公平性年齢・地域などによる参加率とモデル性能の差同意、データの利用範囲、結果の返し方を明確にする
QALYは生活の質を考慮した生存年数。費用対効果は日本の費用・罹患率・参加率で推計する必要があり、海外での経済評価やマンモグラフィ件数の減少から、日本での費用削減を断定することはできません。

よくある質問

WISDOM試験では、リスクに応じた乳がん検診の効果が証明されたのですか?
病期IIB以上のがんについて、年1回のマンモグラフィに劣らないこと(非劣性)が示され、マンモグラフィの件数は減りました。生検の減少は今回確認されておらず、死亡率や費用への影響は今後の評価課題です。
BARCODE1で「40%にがんが見つかった」のは、PRSの的中率ですか?
40.0%は、PRS上位群のうちMRIと生検を実際に受けた468人を分母にした値です。PRSを算出した6,393人を分母にすると、がん1件の発見あたり約34件の算出という計算になります。どちらの分母かを添えて伝えるのが正確です。
日本でもPRSによるがん検診は始まっていますか?
国のがん検診指針は年齢・性別にもとづいており、PRSは現在、健保や事業者による受診勧奨など、指針を補う形で活用されています。検診の開始年齢や間隔への反映に向けては、日本人の集団での実証が今後の課題です。
PRSが低ければ、がん検診を受けなくてもよいですか?
いいえ。PRSの結果にかかわらず、対象年齢の検診は指針どおり受けてください。低リスクの方の検診間隔については、海外の比較試験で検証が進んでいます。

出典

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