基礎知識
「感度99%」「特異度95%」と聞くと、とても正確な検査に思えます。しかし、陽性と出た人のうち実際に病気である割合は、検査の性能だけでは決まりません。検診を正しく理解し、加入者に落ち着いて説明するために欠かせない指標が、PPV(陽性的中率)です。
ゲノ先生とミライさんの対話

先生役
ゲノ先生
遺伝や検査の仕組みを、根拠ベースでやさしく解説する案内役。

質問役
ミライさん
読者の疑問や不安を代弁しながら、理解を深めていく相談役。
ミライさん
ゲノ先生、がん検診で「陽性」と言われたら、もう病気だということですか? 組合員さんから聞かれたときに、うまく答えられなくて……。
ゲノ先生
とても大事な質問だね。答えは「そうとは限らない」なんだ。むしろ、スクリーニング検査で陽性と出た方の多くは、実際には病気ではない。ここを理解する鍵が、PPV(陽性的中率)という指標だよ。
ミライさん
陽性的中率……。感度や特異度とは違うんですか?
ゲノ先生
別物なんだ。まず感度は「病気の人を、きちんと陽性にできる割合」。特異度は「病気でない人を、きちんと陰性にできる割合」。この2つは、検査そのものが持っている性質だね。
ミライさん
PPVは違うんですね。
ゲノ先生
PPVは「陽性と出た人のうち、実際に病気だった人の割合」。ここがポイント!これは検査の性質だけでは決まらなくて、その検査を受けた集団に、どのくらい病気の人がいるかによって変わるんだ。
ミライさん
同じ検査でも、受ける人が変われば数字が変わるということですか?
ゲノ先生
そういうこと。数字で見てみようか。1万人が検査を受けるとする。この集団の中で、その病気を持っている人が0.5%、つまり50人だとしよう。検査の感度は90%、特異度は95%とする。どちらもかなり良い性能だよ。
ミライさん
はい、良さそうな数字に見えます。
ゲノ先生
まず病気の50人。感度90%だから、45人が陽性になる。次に病気でない9,950人。特異度95%ということは、5%は誤って陽性になってしまう。9,950人の5%は、およそ498人だね。
ミライさん
……あれ、498人? 本当に病気の45人より、ずっと多いですね。
ゲノ先生
そこに気づけたのが今日の収穫だよ。陽性になった人は、45人と498人を足して543人。このうち本当に病気なのは45人だから、PPVは45÷543で、およそ8%。つまり陽性と言われた方の9割以上は、実際には病気ではないということになる。
ミライさん
えっ……。それは検査が良くないということでは?
ゲノ先生
いや、そこは誤解しないでほしい。特異度95%は決して低い数字ではないんだ。これは検査の欠陥ではなくて、まれな病気を大きな集団で調べるときには必ず起こる構造なんだよ。母数が桁違いに大きいから、わずかな誤りの割合でも、実数としては大きくなる。
ミライさん
構造的にそうなってしまう、ということですね。
ゲノ先生
だからこそ、検診は二段構えになっているんだ。スクリーニングの役割は「決めること」ではなく「絞り込むこと」。1万人を543人まで絞れれば、そこに精密検査を集中できる。全員に精密検査をするのは、費用の面でも、受ける方の負担の面でも現実的ではないからね。
ミライさん
そう聞くと、むしろよくできた仕組みなんですね。
ゲノ先生
そう受け取ってもらえるとうれしいな。検診を否定する話ではまったくないんだ。役割を正しく理解すれば、期待の仕方も落ち着いてくる、という話だよ。
ミライさん
逆に、陰性だった場合はどうなんですか。
ゲノ先生
こちらはNPV(陰性的中率)といって、いまの例だと99.9%を超える。まれな病気ほど「陰性なら、まず病気ではない」は成り立ちやすいんだ。ただし感度は100%ではないから、見逃しはゼロにならない。だから陰性でも、次回の検診はきちんと受けていただく。ここは必ず添えてほしい一言だね。
ミライさん
PPVを上げる方法はあるんですか?
ゲノ先生
大きく2つある。1つめは、検査そのものの特異度を上げること。これは検査技術の進歩の話だね。2つめが、検査を受ける集団の中の、病気を持つ人の割合を上げること。つまり、検査を受ける前の時点でリスクが高い人に絞る、ということだよ。
ミライさん
受ける人を選ぶと、同じ検査でもPPVが上がるんですか。
ゲノ先生
上がるんだ。さっきの例で、もし対象集団の中の有病率が0.5%ではなく5%だったらどうなるか。病気の500人のうち450人が陽性、病気でない9,500人のうち475人が偽陽性。陽性は925人で、そのうち本当に病気なのは450人。PPVは約49%まで上がる。検査は何ひとつ変えていないのに、だよ。
ミライさん
本当だ……。同じ検査なのに、まったく違う数字になりますね。
ゲノ先生
実は、いまのがん検診が年齢で対象を区切っている背景にも、この考え方が関わっている。若い世代に一律で検診を行わないのは、その年代では病気を持つ方の割合が低く、陽性のうち偽陽性の占める割合が大きくなってしまうからだね。ただし、推奨年齢はPPVだけで決まっているわけではないよ。死亡率をどれだけ減らせるかという利益と、偽陽性や過剰診断といった不利益の両方を総合して定められている。年齢は、その判断のなかで使いやすいリスク指標のひとつ、ということだね。
ミライさん
ということは、遺伝的なリスクで絞るのも、同じ理屈になりますか?
ゲノ先生
考え方としては地続きだね。リスク層別化検診が費用対効果の議論とつながるのは、まさにここなんだ。検査を受ける前の確率が高い集団に検査を集中させれば、同じ検査でもPPVが上がり、偽陽性の実数を減らせる可能性がある。ただしこれは研究として進んでいる方向であって、いまの公的な検診の推奨を健保の判断で動かしてよい、という話ではないからね。
ミライさん
理屈と、いまの運用は分けて考える。
ゲノ先生
その線引きができていれば大丈夫。最後に、加入者への説明で使ってほしい言い方を渡しておくね。「陽性は、病気があるという意味ではありません。詳しく調べる必要がある、という合図です」。この一文があるだけで、要精検となった方の受け止め方はずいぶん変わる。
ミライさん
不安で受診をためらってしまう方にも効きそうです。
ゲノ先生
そこが実務としていちばん大きいところだよ。要精検になった方が受診しないままになるのは、健保にとっても本人にとっても、いちばんもったいない結果だからね。PPVを理解して伝えることは、検診を批判することではなく、検診をきちんと活かすことなんだ。
まとめ
- 1PPV(陽性的中率)は検査の性能だけでは決まらず、受ける集団の中の有病率によって変わる
- 2まれな病気では特異度が高くても陽性の多くが偽陽性になるが、これは検査の欠陥ではなく構造的な性質
- 3検査前のリスクが高い集団に絞るとPPVは上がる。年齢による区切りも、リスク層別化も同じ理屈
理解度チェック
同じ検査を、病気を持つ人の割合がより低い集団に対して行うと、PPV(陽性的中率)はどうなりますか?
A検査の性能は変わらないのでPPVも変わらない
BPPVは下がり、陽性者に占める偽陽性の割合が増える
PPVは受ける集団の有病率に左右されます。有病率が低いほど、母数の大きい非罹患者から生じる偽陽性が相対的に増えるため、PPVは下がります。感度・特異度という検査自体の性能は変わっていません。
CPPVは上がり、陽性者の多くが本当に病気になる
よくある質問
がん検診で陽性なら、がんがあるということですか?
いいえ。スクリーニング検査の陽性は「詳しく調べる必要がある」という合図であり、病気があるという意味ではありません。陽性のうち実際に病気である割合(PPV)は、検査の種類、判定の閾値、年齢、対象集団の有病率によって大きく異なりますが、まれな病気を大きな集団で調べる場合には低くなりやすい傾向があります。いずれにしても、精密検査を受けて初めて判断できます。
特異度が高い検査なら、偽陽性は少ないのではないですか?
割合としては少なくても、実数では多くなり得ます。たとえば特異度95%の検査を1万人に行うと、病気でない方のうちおよそ5%が誤って陽性になります。母数が大きいため、これは数百人規模になります。これは検査の欠陥ではなく、スクリーニングという仕組みに伴う構造的な性質です。
PPVを高めるにはどうすればよいですか?
検査自体の特異度を高めるほかに、検査を受ける集団の中の有病率を高める方法があります。つまり、検査前の時点でリスクが高い方に対象を絞ることです。現在のがん検診が年齢で対象を区切っているのも、この考え方によるものです。
参考情報
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