乳がん体験談

Interview

乳がん体験談

HOME > サービス > 乳がん > 乳がん体験者インタビューvol.2
Vol.
02

当たり前に生きているのではない。だからこそ感じる幸せがある

F.Y様 44歳(インタビュー時)

[このインタビューは2021年5月28日に行われました]

第一子出産から約1年後の2015年に、両側乳がんが発覚したF.Yさん。乳房全摘と再建手術を行いましたが、第二子妊娠中の2017年に、胸骨と肝臓への再発転移が確認されました。出産後の抗がん剤治療が奏効し、肝臓のがん細胞は消滅。しかし、2020年に骨転移が見つかりました。治療を続けながら、育児と仕事、SNSにも精力的に取り組まれているYさんに、乳がんとともに生きる日々についてお聞きしました。

―― Yさんは、乳がんの再発や多臓器転移も経験されていますが、最初に乳がんが見つかった時の状況とその時のお気持ちを教えてください。

1回目の乳がんは長女を出産して育児休職中だったのですが、搾乳していると血が出てきたので、「あれ?」と思って乳腺クリニックへ行きました。
そこで乳がんの可能性を示唆され、詳し い検査で左右にごく初期の乳がんが見つかりました。この時は非浸潤がんで、手術すれば治ると思っていたので、それほど悲観的にはなりませんでした。医師によれば、左は石灰化が広がっていたので全摘が良く、右は温存も可能とのこと。温存しても放射線治療をすると母乳は出なくなると聞き、リスクとバランスを考えて両方全摘することに決めました。同時に再建手術もしたので喪失感はあまりなく、年をとって垂れることもないと思うと前向きになれました。

―― 入院中の育児や家事はどうされていたのですか。

長女がまだ1歳だったので、実家の母に手伝いに来てもらいました。昼間は臨時で保育園に預かってもらい、夫が仕事から帰るまで母に見てもらうという感じです。
最初の手術の時は2週間入院したのですが、その間、夫と母が協力し合って家事と育児をしてくれたので助かりました。再発して肝臓に転移が見つかり、下の息子が生まれてからは、夫が時短勤務にしてくれました。週に1回、抗がん剤を打つ日は母も来てくれたので、安心して治療に専念できました。その後、息子が1歳半の時に私が復職したタイミングで、夫はフリーランスに。子どもたちの送迎や育児、家事も共にしてくれるので、私は治療しながら好きな仕事も続けられています。

―― 第二子妊娠中に乳がんの再発と肝臓への転移が分かった時はどう思われましたか。

ごく初期の乳がんを全摘して安心していたので、「まさか!」と思いました。
医師に妊娠しても大丈夫か確認したうえで妊娠し、産休に入るまでの期限付きで復職していた頃だったので、意気揚々と過ごしていました。だから余計にショックで、仕事が手につかなくなり、早めに産休を取らせてもらいました。今思うと、油断していたのです。再発が分かったのは2017年の8月ですが、その3~4ヶ月前から鎖骨下にしこりがあることには気づいていました。でも再発するなんて思いもせず、「次の診察で」と思っているうちに脇のあたりに痛みが出てきたので病院に行きました。しこりを見つけた時にすぐ病院に行っていれば、状況が変わっていたかもしれません。

第二子妊娠中に乳がんの再発と肝臓への転移が分かった時はどう思われましたか。

―― 抗がん剤で肝臓のがんは消滅したそうですが、治療は大変だったと思います。

妊娠9ヶ月でしたので、出産のタイミングや治療をどうするか悩みました。妊娠中でも使用できる抗がん剤があり、出産まではそれを試すことにしました。
結論から言えば、その薬はあまり効果がなかったのですが、無事に出産できたのは良かったです。出産後は抗がん剤を変更して、合計34回の投与で、しこりと肝臓のがん細胞はなくなりました。抗がん剤は副作用が辛いと思われていますが、心配していた吐き気はほとんどなかったです。ただ、最初の抗がん剤は倦怠感が強く、翌週に白血球の減少を防ぐ薬を投与するのですが、その薬に筋肉痛のような痛みがありました。出産後に使った抗がん剤は、手足に強いしびれがありました。でも、毎週投与できるくらいなので、しびれ以外は比較的元気です。今も手足がこわばる感じはありますが、ホルモン治療薬のせいかもしれません。今はホルモン治療薬と分子標的薬を服用していて、分子標的薬は下痢や腹痛があります。それもだんだん「これを食べるとお腹を壊すな」とか「ゆっくり食べたら大丈夫」というのが分かってくるので、うまく付き合っていこうと思います。

―― 抗がん剤治療を終えて復職された翌年、今度は骨転移が発覚しました。この時はどのような心境でしたか。

再発と肝臓への転移が発覚した時よりは落ち着いていて、治療をしながら仕事も続けています。
また治療すれば良くなるという希望がありますし、ブログを書いたりすることで気持ちを整理できるようになりました。周りから「前向きですごい」と言われますが、もう前向きになるしかない状況。現実を受け止めて最善を尽くすしかないと思っています。今は子どもの元気な姿を見たり、家族でわいわい食事をしたりするだけで、「いいな、幸せだな」としみじみ思います。がんになってからは特に、何気ない日常にすごく幸せを感じます。子どもたちにも病気のことは隠さずに話していますが、長女はまだ小学1年生で、がんにネガティブなイメージはありません。彼女が大きくなった時に、がんが怖い病名でなくなるといいですね。

―― 乳がんサバイバーとして、ご自身の経験や周囲の方々への思いをブログに綴っておられますね。まだ乳がんにかかったことのない人に伝えたいことはありますか。

よく言われることですが、健康診断や検診は大切です。検査は万能ではありませんが、まめに検査することで早期発見につながります。
そして、気になる症状があれば、自分で判断しないで病院に行くこと。私は2回目の乳がんで、しこりに気づいていながら病院に行くのを先延ばしにしたことを後悔しています。中には診断されるのが怖いから病院に行かない人もいますが、手遅れになって私のように後悔してほしくありません。私は乳がんになって初めて、当たり前に生きているのではないことに気づきました。それが分かっている人は、健康診断や検診に行くと思うのです。私が感じたことや思うことをSNSで発信する意味も、そこにあると思っています。

F.Y様は、2022年3月29日に
享年45歳にて永眠されました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

―― ご家族様より ――
大切な家族を亡くし、
いまだ喪失感がありますが、
妻がブログなどを通じて多方面に渡って発した
「後悔しないための」メッセージが、
少しでも皆様の元に届くことを願っています。

―― F.Y様のブログ ――
https://ameblo.jp/pumiy0705/